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山口地方裁判所 昭和38年(ワ)86号 判決 1967年1月18日

原告 国

訴訟代理人 鴨井孝之 外五名

補助参加人 中山三保子

被告 伊勢本実

主文

被告は原告に対し別紙<省略>目録(一)及び(三)の土地につき昭和二五年四月一九日山口地方法務局小野田出張所受付を以て甲区三番になされある、同目録(二)の土地につき同年七月二八日同出張所受付を以て甲区五番になされある各所有権取得登記の各抹消登記手続をなすべし。

訴訟費用及び補助参加によつて生じた費用は被告の負担とする。

事実

(原告)

原告指定代理人は、主文第一項と同旨及び「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のように述べた。

一  原告(所轄庁農林省、代行機関山口県知事は昭和二三年七月二日附で亡中山ヒデコ所有の別紙目録(一)ないし(三)の土地(以下本件各土地という)を自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号)第三条にいう農地に該当するものとして買収し、さらに同日附でこれを被告に売渡し、昭和二五年二月七日本件(一)、(三)の土地につき、同年四月二七日本件(二)の土地につきそれぞれ買収による所有権取得登記を、また主文第一項掲記のとおり同月一七日(一)、(三)の土地につき、同年七月二八日右(二)の土地につきそれぞれ被告に対する売渡による所有権取得登記を経由した。

二  ところが、本件各土地の所有者亡中山ヒデコは山口県知事に対し本件各土地が右買収売渡処分当時耕作不能の池沼であつて農地ではないことが明白であつたとして山口地方裁判所に農地買収無効確認請求訴訟(当庁昭和三一年行第五号事件を提起し、その後右買収処分の無効を確認した判決が確定するに至つたので、原告においても昭和三七年一〇月一日本件各土地を農地であるとした右買収売渡の処分の無効を宣言する意味合いで右買収売渡処分を取消しその旨その頃到達の書面で被告に通知した。

従つて、無効な右買収売渡の処分を原因とする前記各所有権取得登記は無効であるから、原告は亡中山ヒデコの相続人である補助参加人中山三保子に対し自らの買収による所有権取得登記を抹消しなければならないが、その実現のためには被告に対する売渡による所有権取得登記を抹消する必要がある。よつて、ここに被告に対し本件各土地につきなされある右所有権取得登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。

三  被告は昭和二三年七月本件各土地の売渡を受けてから一〇年占有を継続していたとして時効取得を主張する。しかし、被告は売渡を受けてから池沼化した本件各土地を何ら管理するでもなくそのまま放置していたもので、これを継続的に支配していたような事実はない。

しかも本件各土地は、昭和九年四月頃被告が賃借したものであるが、海に近くかつ石炭採掘のため昭和一一年頃まず(二)の土地の一部において地盤沈下海水の浸入を生じ、昭和一五年頃にはこれが全域にまで及び、さらに昭和一七年台風により附近の堤防が決潰したため附近一帯とともに海水に浸され、その後も地盤沈下海水の浸入が続き、昭和二三年七月本件買収処分当時には水深四、五尺、魚類さえ棲息する様相を呈していたのである。被告は食糧事情の窮迫により本件土地の一部を埋立てて短期間農耕したことはあるが、昭和一八年頃から本件各土地全部に対する鉱害補償を要求し続け、(三)の土地について昭和一八年からその補償金を受領している。その上本件買収売渡の処分は同一の日になされたものであるところ、本件各土地の所有者中山ヒデコは買収直後直ちに小野田市農地委員会に異議の申立をしたが、同委員会の審議は農地か否かをめぐつて意見が分れたことは被告も出席して充分熟知していたのである。従つて、被告は本件各土地が農地でなくその買収処分が無効とさるべきものであつたことを知つていたか、少くともこれを知ることを得べかりし状況にあつたものであるから、その占有の始善意無過失であつたということはできない。

(被告)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一  原告主張の請求原因事実は全部認める。

本件各土地の買収処分を無効とした山口地方裁判所昭和三一年(行)第五号事件の判決が確定してはいるが、本件各土地は昭和二三年の買収処分当時浸水はしていたものの畦畔を高くすれば耕作可能の状態であつて反当り米二俵位の収穫があつたのであるから、農地としての買収処分は当然であり、被告に対する売渡処分も何ら無効を以て目すべきものではない。ただその後石炭採掘による地盤沈下のため浸水が甚しくなつたけれども、買収処分以後の事柄であつて、買収処分の効力を左右するものとはいえない。右判決は買収当時ではなく、昭和三一年以後訴訟係属中の状況を基としてなされたものである。

二  しかし、本件各土地の買収処分が無効であつて被告が原告の売渡処分によつて本件各土地の所有権を取得しなかつたとしても、被告は昭和二三年七月二日本件各土地の売渡を受けてよりこれが自己の所有となつたものと確信し、爾後平穏公然これを占有しかつ占有の始善意にして無過失であつたから、昭和三三年七月二日の満了を以て本件各土地の所有権を時効によつて取得した。

(証拠)<省略>

理由

一  原告(所轄庁農林省、代行機関山口県知事)が昭和二三年年七月二日附で亡中山ヒデコ所有の本件各土地を自作農創設特別措置法第三条にいう農地として買収し、同日附でこれを被告に売渡し、昭和二五年二月七日本件(一)、(三)の土地につき、同年四月二七日本件(二)の土地につきそれぞれ買収による所有権取得登記を、次いで主文第一項掲記のとおり同月一七日右(一)、(三)の土地につき、同年七月二八日右(三)の土地につきそれぞれ被告に対する売渡による所有権取得登記を経由したこと、しかして原告が昭和三七年一〇月一日本件各土地の買収売渡処分を取消し、その頃その旨の通知が被告に到達したことは当事者間に争いがない。

しかるに被告は、本件各土地は買収処分当時耕作可能の農地であつたからこれを農地としてした買収処分は何ら無効ではないと主張する。

本件各土地の所有者亡中山ヒデコが山口県知事に対し本件各土地が買収売渡処分当時耕作不能の池沼であつて農地ではなかつたことを理由として山口地方裁判所に農地買収無効確認請求の訴訟(当庁昭和三一年(行)第五号事件)を提起し、現にその旨の本件各土地の買収処分を無効とした山口県知事敗訴の判決が確定していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第三号証(右事件の第一審、控訴審及び上告審の各判決正本によると、昭和三一年亡中山ヒデコによつて提起された右事件の事実審における最終口頭弁論期日は昭和三六年六月一日であり、本件原告国の機関である山口県知事敗訴の本件各土地の買収処分を無効とする判決は昭和三七年六月二二日上告審判決の言渡とともに確定したものであること、被告は右事件が第一審に係属中から上告審に至るまで右事件の被告である山口県知事を補助するため訴訟に参加し、これを勝訴せしめて本件各土地の売渡を受けた自らの利益を擁護しようとしたものであることが明らかである。

ところで、行政処分の取消又はその無効確認を求める訴は当該処分をした行政庁を被告として提起しなければならないとされているが(行政事件訴訟特例法〔昭和二三年法律第八一号〕第三条、現行行政事件訴訟法〔昭和三七年法律第一三九号〕第一一条第三八条)、右は、もともと行政庁は国又は公共団体の機関として行政処分を行うに過ぎず、実体上の権利能力を有するものではなく、当該処分の法律効果はすべて行政主体である国又は公共団体に帰属するものであるけれども、訴訟における攻撃防禦と迅速適正の要求から便宜上処分をした行政庁に形式的な当事者適格を認めたことによるものと解せられる。従つて、処分取消又は無効確認の訴の実質上の被告は国又は公共団体であつて、その判決の効力が単に当該被告たる行政庁に止まらず行政主体である国又は公共団体に対しても及ぶことは多言を要しないところといわなければならない。前示事件の被告は山口県知事であるが、かような意味で実質上の被告は本件原告たる国というべく、右事件の確定判決は当然本件原告国に対しても効力を有するのである。

さて、原告は本件において右事件の判決である前掲甲第一ないし第三号証を提出援用しており、かゝる訴訟の経過を含む本件弁論の全趣旨によれば、原告は右事件において本件原告国の機関である山口県知事に補助参加した本件被告に対し右事件の判決の効力を援用しているものと解せられる。もつとも右事件の被告であり被参加である者は山口県知事であるが、山口県知事は右事件において単なる形式的当事者たるに過ぎず、実質的当事者は本件原告国であつて判決の効力を受くべきものであることはすでに述べたとおりであるから、本件原告国は右事件において山口県知事の補助参加人である本件被告に対し右事件の判決の民事訴訟法第七〇条にいう効力を主張し得るものというべきである。右民事訴訟法第七〇条にいう補助参加人と被参加人との間において効力を有すべき判決の効力とは、補助参加人と被参加人とが共同して訟訴を追行した以上結果に対する責任を分担すべきであるという衡平の思想に基くいわゆる参加的効力を意味するものであり、当該訴訟の判決の理由中個々の事実認定具体的権利関係の判断について補助参加人との間の爾後の訴訟に対し拘束力を生ずるものと解するのが相当である。

以上の見地に立つて、本件各土地の買収処分を有効であるとする被告の前示主張について考えてみると、右認定の事実及び前掲甲第一ないし第三号証(第一審ないし上告審判決正本)に徴するとき被告が山口県知事(=本件原告国)のため補助参加した前記事件の判決において本件各土地は買収処分当時自然池沼の状況にある農地でないことが客観的に明白な土地であつたとして右買収処分が重大明白な瑕疵がある無効なものであると判断されているのであるから、被告は右事件の被参加人に当る本件原告との間においてはこれに反する主張をなし得ないものといわざるを得ない。被告の右主張は事実関係にまで立ち入つて顧慮するの要をみない。

二  次に被告は本件各土地の所有権を時効によつて取得したと主張する。

当裁判所は、被告の右時効取得の主張もまた前記事件の判決のいわゆる参加的効力のゆえを以て許されざるものと考える。すなわち、行政処分無効確認の訴は処分の効力を直接訴訟の対象とし、これを有効と主張する行政庁に対し当該処分が本来無効であつて、これによつて原告の権利関係ないし法的地位に何らの変動のなかつたことを明確化し、表見的に存在する処分が有効とされることによつて蒙る原告の権利関係ないし法的地位の不安定を除去することを目的とするものである。これを亡中山ヒデコが山口県知事に対し提起した前記事件に即していえば、亡中山ヒデコは本件各土地の所有権が無効な買収処分によつて国に、さらにこれに基く売渡処分によつて本件被告に移転するという外観を呈し、本件各土地の所有権の十全な享有に対し高度の障害不安定が存在する状況であつたので、これを除去するため前記事件を提起したものであり、その勝訴判決により亡中山ヒデコ(前掲甲第一なし第三号証〔第一審ないし上告審判決正本〕によると、同人は昭和三二年一〇月三〇日死亡し、次いでその相続人の一人であつた亡中山兵造も昭和三六年一月一一日死亡し、本件での原告補助参加人中山三保子が唯一の相続人として一切の権利義務を承継取得したことが認められる)の本件各土地に対する所有権には何らの変動もなかつたことが確定されるに至つたもの(いわゆる既判力を生じたという意味ではない)といわなければならない。ところで被告は本件においては昭和三三年七月二日の満了を以て本件各土地の所有権を時効によつて取得したと主張しており、山口県知事の敗訴に帰した前記事件の事実審における最終口頭弁論終結時は昭和三六年六月一日であつたことは前認定のとおりであるから、被告の右主張はまさしく当時すでに被告が本件各土地の所有権を時効取得していたことを主張するものにほかならないのである。そして、被告が右事件の第一審以来上告審まで敗訴した山口県知事(=本件原告国)のため補助参加し共同して訴訟を追行して来たことも前認定のとおりであるから、右事件においてかゝる主張が提出されたならば、本件各土地に対する買収処分無効の訴は亡中山ヒデコないしその相続人たる中山三保子が所有権を喪失したことのゆえに訴の利益を有しないものと断ぜられるやも計り難きものであつたが、事こゝに出ずして右事件の判決において亡中山ヒデコないしは相続人たる中山三保子の本件各土地の所有権に何らの変動のなかつたことが確定された以上、被告は右事件の被参加人に該当する本件原告との間においてはこれに反し右事件の事実審での口頭弁論終結当時本件各土地の所有権が自らに帰属していたとするがごとき主張は参加的効力によりこれをなし得ないものというべきである。被告の本件各土地時効取得の主張は失当といわなければならない。

三  以上述べたとおりであるが、それのみならず成立に争いのない甲第四ないし第六号証(内幸作、宮本敏行、加藤五夫の各証人調書)、同第七号証(昭和二三年四月二五日の本件各土地の水深実測図)、乙第三号証(伊勢本実の証人調書)、昭和三二年五月七日本件各土地の状況を撮影した写真であることが当事者間に争いのない甲第八号証をあわせると、本件各土地は海に近く昭和一一年頃から石炭採掘の影響で地盤が沈下し海水が浸入するようになり、昭和一七年の台風のため附近の堤防が決潰し、附近一帯の土地とともに海水の浸入を受けて水没し、爾来畦畔及び僅少の部分のほか排水もされずに放置され、昭和二三年七月買収処分当時においては被告がその一部を埋立てて耕作していたもののほぼ全域にわたり池沼の様相を呈しており、昭和二四年に至り一部の耕作すら不可能な事態となつたことが認められ、右認定の事実からして本件各土地は買収処分当時農地でないことが客観的に明白であつたといわなければならないのである。本件各土地が買収処分当時耕作可能の農地であり従つて買収処分を有効とする乙第一ないし第五号証(夏目保、原田謹一、伊勢本実、小迫保、坂田金右衛門の各証人調書)中の記載はいずれも措信することができない。

そうとすると、本件各土地についてなされた買収処分が無効である以上これが有効なことを前提として被告に対してなされた売渡処分も無効であつて、被告は売渡処分によつて本件各土地の所有権を取得したものとはいうことができない。

また前掲乙第三号証(伊勢本実の証人調書)によると、被告は昭和九年頃から亡中山ヒデコから本件各土地を賃借耕作して来たものであり、昭和二三年七月頃本件各土地の売渡処分を受けてからは所有の意思を以て一部の耕作を行うなどしてこれを占有するに至つたことが窺われ、その占有の態様は善意平穏かつ公然なるものと推定すべきであるが、右乙第三号証(伊勢本実の証人調書)に前掲甲第四号証(内幸作の証人調書)及び成立に争いのない乙第四号証(小迫保の証人調書)によれば、被告は右買収売渡の処分当時その賃借人でありかつ本件各土地に直近の場所に居住していたばかりか、昭和一八年以降本件(三)の土地については桜山炭鉱株式会社から鉱害による耕作不能の補償金を受けており、本件(一)、(二)の土地についても補償金を要求していたことが認められるから、右認定のごとき本件各土地の様相を熟知していたものと推認することができ、しかも成立に争いのない乙第一、二号証(夏目保、原田謹一の証人調書)によれば、亡中山ヒデコは本件各土地に対する買収処分がなされた直後小野田市農地委員会に対し異議の申立をしたが、その審議に被告も出席して意見を述べ買収の可否をめぐつて委員会内部の意見が対立していたことは被告も充分知つていたと認められるのである。従つて、被告は本件各土地に対する買収売渡処分に重大明白な瑕疵があることを知り若しくは少くとも知ることを得べかりし状況にあつたものであつて、売渡処分により本件各土地を所有の意思を以て占有を始めるについて過失があつたものといをうべきである。

そして、被告主張のように占有の始無過失であつたことを認めしめるような措信すべき証拠は存在しない。さすれば、被告の時効取得による主張もまた失当というべきである。

四  してみれば、いずれにせよ被告は原告に対し本件各土地につきなされたる前記売渡処分による所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき義務があるものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用及び参加費用の負担について民事訴訟法第八九条第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木醇一)

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